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犬の僧帽弁閉鎖不全症について

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  • 2025/11/10

近年の医療技術の進歩によってワンちゃんの高齢化が進み、人間と同じような病気を患うケースが増えています。現在ワンちゃんの死亡原因第2位の心臓病、その中で代表的な心臓病の一つ『犬の僧帽弁閉鎖不全症』、および急激に状態が悪くなり死に至ることもある『犬の僧帽弁閉鎖不全症による心原性肺水腫』についても解説いたします。


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目次

1.犬の僧帽弁閉鎖不全症とは
2.犬の僧帽弁閉鎖不全症の症状
3.犬の僧帽弁閉鎖不全症の原因・要因
4.犬の僧帽弁閉鎖不全症の診断手順
5.犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療の流れ
6.犬の僧帽弁閉鎖不全症の注意点と合併症
7.犬の僧帽弁閉鎖不全症で緊急治療を要する『急性心原性肺水腫』についての注意点
8.まとめ

(*)ワンちゃんに多い僧帽弁閉鎖不全症は、『粘液腫様変性性僧帽弁閉鎖不全症』・『変性性僧帽弁疾患』などと呼ばれるようになってきていますが、当コラムでは一般的に広く知られている呼び名である『僧帽弁閉鎖不全症』を使用しています。

1.犬の僧帽弁閉鎖不全症とは

心臓は血液を送るポンプの働きをしていますが、その心臓の中で血液は一方通行・決まった方向に流れるようになっています。
また、心臓は4つの部屋に分かれているというのは聞いたことがあると思いますが、各部屋の区切りには血液の逆流防止弁がそれぞれついています。その中で心臓の左側にある僧帽弁(そうぼうべん)という名前の弁が変形し、血液の流れが悪くなった状態を僧帽弁閉鎖不全症といいます。

2.犬の僧帽弁閉鎖不全症の症状

犬の僧帽弁閉鎖不全症の初期症状は聴診器で心臓の音を聴くと心雑音(しんざつおん)と呼ばれる、主に血液の流れが悪くなり心臓から発生する特殊な音が聴取されますが、僧帽弁閉鎖不全症になったワンちゃんの見た目は初期の段階ではほとんど変化がないため、飼い主さんからはわかりません。
犬の僧帽弁閉鎖不全症の症状が進行してくると、長時間の運動ができなくなってきたり、寝ている時間が多くなったり、元気がなくなってきたりします。これらの症状は運動不耐性といわれています。犬の僧帽弁閉鎖不全症によるこの運動不耐性を、単なる老化現象と勘違いしてしまう飼い主さんが多いため注意を要しますが、飼い主さんがかなり意識してみていないとこの運動不耐性に気づくのは難しいです。
また、犬の僧帽弁閉鎖不全症では症状の進行と共に心臓が大きくなることが多く、心臓のすぐ真上にある太い気管や、肺の中にある気管支を大きくなってしまった心臓が拍動する度に下から圧迫・刺激してしまうため、特に運動後、食後や飲水後に空咳をすることが目立つようになってきます。
更に症状が悪化すると、血液の流れが悪くなり心臓のすぐ近くにある肺の中に水がたまる(これを心原性肺水腫といいます)、呼吸困難やチアノーゼ(全身の酸素が足りなくなり舌や歯茎などの粘膜が青紫色になる状態)といった命に関わる状況に陥ります。そのほか、腹水が溜まってくる、胸水が溜まってくる、体のふらつきや失神がみられるようになってくることがあります。

<犬の僧帽弁閉鎖不全症の主な症状のまとめ>

・心雑音
・運動不耐性
・咳
・呼吸困難
・チアノーゼ
・ふらつき
・失神
・胸水
・腹水


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3.犬の僧帽弁閉鎖不全症の原因・要因

犬の僧帽弁閉鎖不全症は、シーズー、マルチーズ、ポメラニアン、ミニチュア・ダックスフント、トイ・プードル、チワワ、ヨークシャーテリアなどの主に小型犬の中齢期〜高齢期の雄に多い傾向がみられます。

例外として、遺伝的要因が示唆されているキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルは、犬の僧帽弁閉鎖不全症に罹患することが非常に多く、若い時期から発症するケースもあります。また、11歳以上のキャバリアでは100%心雑音が発生するとの報告があり、他の犬種よりも心臓病に関してより注意が必要です。

4.犬の僧帽弁閉鎖不全症の診断手順

①聴診

聴診器一つあれば実施可能な昔からあるオーソドックスな検査方法です。犬の僧帽弁閉鎖不全症では、前述の通り初期症状は見た目で殆どわからないことが多く、病院で聴診の際に心臓の雑音(心雑音:『2.犬の僧帽弁閉鎖不全症の症状』の項ご参照ください)が聴取されて偶然発見されることがよくあります。その為、初期の犬の僧帽弁閉鎖不全症を見分ける為には非常に重要な検査方法とも言えます。犬の僧帽弁閉鎖不全症で心雑音はその音の強さなどに応じてレベルを6段階評価します。犬の僧帽弁閉鎖不全症では、一部例外はありますが基本的に心雑音のレベルが大きくなればなるほど重症度が増すことが多いです。

②レントゲン検査

胸部のレントゲンを撮り心臓の大きさや形に異常がでてないか、また、心臓周辺の肺、気管や気管支に異常がないかを調べます。レントゲン検査では、心臓が悪くなることによって心臓の近くにある肺に水が急激に溜まり緊急治療を要する心原性肺水腫がないかどうかも調べていきます。心臓が悪くなるにつれて肺の中の気管支が軟化してしまい発咳しやすくなることもあるので(気管支軟化症といいます)、その可能性がないかどうかも合わせて調べていきます。

③心臓の超音波検査

犬の僧帽弁閉鎖不全症で心臓の超音波検査は非常に重要でメインの検査の一つです。心臓の超音波検査では、心臓が収縮する時の強さや動き、心臓内の大きさや心臓から出てくる血管のサイズ、心臓の中の血液の流れ方や合併症による僧帽弁以外の心臓内の異常・変化の有無を調べます。

④心臓バイオマーカー検査

血液検査で心臓病の可能性などを評価する指標のひとつです。
信頼性の問題があり犬の僧帽弁閉鎖不全症で必須の検査ではありませんが、検査結果が高値を示した場合は心臓の精密検査を検討しましょう。

⑤心電図検査

心臓の不整脈の有無を調べるための検査です。
犬の僧帽弁閉鎖不全症では、症状が進行するにつれ主に心臓のサイズが大きくなることによって不整脈が誘発されることが知られています。また、心臓の不整脈が原因で失神症状がみられることもあります。

⑥血圧測定

犬の僧帽弁閉鎖不全症では心臓の状態によって血圧が上下することがあり、また治療に際して血圧を調節する薬を使うことが多いため、定期的に血圧をチェックしていくことが必要です。


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5.犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療の流れ

人間の場合もそうですが、犬の僧帽弁閉鎖不全症の原因となる犬の心臓の弁は、再生能力が乏しく一度悪くなるとそのままでは元の状態に治すことが困難です。国内で極一部の限られた施設では、人間と同じように悪くなった僧帽弁を外科手術で治療することができるようになってきていますが、治療費が非常に高額で手術リスクなどもあることから、広く普及している治療とは言えません。

犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療方法は、一般的に病気が進行しないようにお薬を内服していく内科療法が基本となります。内服のお薬で完治させることはできませんが、適切なタイミングで適切な治療を開始することで、心臓の状態を上手くコントロールしていくことは十分可能です。

犬の僧帽弁閉鎖不全症の場合、早期の塩分制限はかえって心臓によくないとされています。同様にワンちゃんの心臓病用処方食というのもありますが、開始する時期が重要で、食事内容については飼い主様自身だけで判断せずかかりつけ医と相談することをお勧めいたします。

6.犬の僧帽弁閉鎖不全症の注意点と合併症

犬の僧帽弁閉鎖不全症は肥満の状態が心臓病の発症要因になるのかは、はっきりと解明されてはいません。犬の僧帽弁閉鎖不全症では心臓病がかなり悪化してくると体が痩せてきてしまうことが多いので(心臓性悪液質といいます)、適度な体型〜やや太り気味の体型でも許容されます。ただし、極端に太りすぎていると他の病気を招くかもしれませんので、ほどほどの体重を維持しておくとよいでしょう。

前述の通り、犬の僧帽弁閉鎖不全症の初期症状は見た目ではわかりませんが、聴診でわかることが多いので、中齢期〜高齢期に入ったら健康チェックを兼ねて定期的に動物病院を受診し心臓の検診を受けることをお勧めします。

7.犬の僧帽弁閉鎖不全症で緊急治療を要する『急性心原性肺水腫』についての注意点

7-1.犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫とは

犬の僧帽弁閉鎖不全症では、心臓病が進行し血液の流れが悪くなると肺に水が溜まるようになってしまい、肺の中に酸素が行き渡らなくなり急激に状態が悪化することがあり、これを『急性心原性肺水腫』と呼びます。具体的な症状としては、痰が絡んだようなゴホゴホとした音や、ゼーゼーといった音を伴う湿性の咳が止まらなくなったり(犬の僧帽弁閉鎖不全症で一般的にみられる通常の咳は、ケホッケホッと乾いた空咳が多く、急性心原性肺水腫に陥った時の湿性の咳とは区別されます)、呼吸が荒くなり舌や口の粘膜の色が青紫色になるチアノーゼがみられたり、鼻や口から薄ピンク色〜やや赤色の液体がでてくる喀血が見られたりします。
犬の僧帽弁閉鎖不全症での急性心原性肺水腫の症状は最も緊急度が高く、即座にかかりつけ医に連絡し、夜間であれば夜間専門病院に連絡し一刻も早く受診するようにしてください。

(*1)頓服薬について:

犬の僧帽弁閉鎖不全症では、動物病院によっては容態が急変したときのための頓服薬としてニトログリセリン製剤(ニトログリセリン舌下錠、ニトログリセリンスプレーなど)を処方している場合があります。手元にそのお薬がある場合は、病院の指示に従い受診前に頓服薬を使用しておくと、病院に到着するまで少し安定した状態を維持できることがあり、救命率が上がります。ただし、頓服薬は一時的にしか効果が続かない為、使用後に容態が安定したとしても必ず直ぐに動物病院を受診するようにしましょう。

(*2)救急病院の連絡先について:

犬の僧帽弁閉鎖不全症では、心臓の状態にもよりますがそれまで安定していたワンちゃんが突然容態急変してしまうリスクがあります。その為、心臓の内服薬を処方されるようになった段階から、いざという時に備え、予めかかりつけ医の診療時間・休診日の再チェックと、夜間や休診日にも対応している救急病院の連絡先を調べておくことをお勧めします。

(*3)安静時呼吸数について:

犬の僧帽弁閉鎖不全症で症状悪化のサインの一つで、自宅でもチェック可能な『安静時呼吸数』というものがあります。これはワンちゃんが少しの物音でも起きない熟睡している状態で、1分間あたり何回呼吸しているかを数える方法です。ここで言う呼吸数の1回とは、ワンちゃんの胸が膨らんで萎むのまでを1回と数えます。これを何度か計測し、1分間あたり30回を超えていると呼吸状態が悪化している可能性が高くなり、1分間あたり40回を超えていると明らかに呼吸状態が悪化していると判定され、急性心原性肺水腫(やその他の呼吸器系の病気も含まれます)を既に発症している可能性が非常に高くなっている為、すぐに動物病院を受診するようにしましょう。
因みに、よくワンちゃんが横になり目を閉じているだけのウツラウツラとしている状態の呼吸回数は信頼性が低く安静時呼吸数とは言いません。あくまで熟睡している時の呼吸回数を安静時呼吸数とします。
ただし、犬の僧帽弁閉鎖不全症で重度の急性心原性肺水腫を発症したワンちゃんは、状態が悪く呼吸が苦し過ぎて目が覚めていることも多いので、安静時呼吸数は普段の寝ている時に呼吸状態が悪くなってないかどうかをチェックするツールとして考えると良いかと思います。
平常時から時々呼吸回数を計測し、安静時呼吸数が40回を超えていたら迷わず動物病院を受診、いざ肺水腫になった時は明らかに見た目も苦しそうな呼吸と咳をするのでその際には迷わず病院を受診するようにしましょう。

7-2.犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の治療方法について

犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の治療は、まずは一刻も早く酸素を充満させた入院スペース(高濃度酸素室といいます)に入ってもらい安静にさせ、枯渇してしまった酸素をなるべく体に取り込んでもらいます。同時に、利尿剤強心剤を注射で投与していきます。必要に応じて鎮静剤も注射で投与し、心拍数を下げることにより酸素の取り込み効率を促すこともあります。容態が少し安定したところで、レントゲン検査やエコー検査、血液検査、および血管に管を設置していきます(血管確保、静脈ライン確保、血管留置などと呼ばれます)。血管に管を設置した後は、強心剤、血管拡張剤、利尿剤などを組み合わせて静脈内持続点滴投与を始めていきます。上記の治療と検査はワンちゃんの状態に合わせて順番を変えたり、敢えて省いたりと臨機応変に対応していきます。
犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の治療は基本的に入院下で行われ、通常は数日〜1週間前後入院することが多いです。ただし、合併症を起こしたり難治性の肺水腫の場合などは入院が長引いてしまうこともあります。

7-3.犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の原因

犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の原因は大きく分けて2種類あります。
1つ目は、犬の僧帽弁閉鎖不全症が時間をかけて徐々に悪化していき、心臓から血液を送り出す力が限界点を超えた所で肺に水が徐々に溜まっていく急性心原性肺水腫の中ではやや緩徐に進行するタイプです。こちらの場合は、進行がやや緩やかな傾向があり、咳の回数や安静時呼吸数が徐々に増加したり、食欲元気の低下などの症状で飼い主さんが気づける事もあります。
2つ目は、本来正常な僧帽弁に付着している紐状の腱索という構造物が突然切れてしまい(腱索断裂といいます)、急激に心臓の機能が低下し一気に急性心原性肺水腫を起こしてしまうタイプです。腱索が切れた途端に症状が現れる為、つい先ほどまでいつも通り元気にしていたのに、突然湿性の咳が出始めて止まらなくなったり、急に呼吸が荒くなってグッたりしていたりと、初期症状を予測することは難しいと言われています。

7-4.犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の予防や対策方法

犬の僧帽弁閉鎖不全症の急性心原性肺水腫の予防方法は、何はともあれ最大の要因となっている僧帽弁閉鎖不全症の治療を安定させることにあります。先述の通り、腱索断裂による犬の急性心原性肺水腫は前兆がなく突然起こるため予防や予測は難しいですが、心臓の検診をこまめにチェックしていくことが対策になるかと思います。特に心臓のエコー検査では、犬の僧帽弁閉鎖不全症での急性心原性肺水腫の起こる前兆の指標となるエコー上の所見がいくつかあるため、心臓の状態に応じて1〜6ヶ月に1回の定期検診を受けていくことをお勧めいたします。

まとめ

犬の僧帽弁閉鎖不全症は、ワンちゃんで一番多い心臓病です。犬の僧帽弁閉鎖不全症は昔と比べて治療薬の種類、治療方法や選択肢が多くなり、以前よりも治療がしやすくなってきています。ただし、急性心原性肺水腫のように容態が急変することがあるため油断はせず、日々ワンちゃんの心臓のお薬を確実に服薬させ、ご自宅では時々安静時呼吸数のチェックをし、かかりつけ医が指定したタイミングで心臓の定期検診を確実に受け、悪化の予兆をしっかり捉えていくことが必要です。そして、ワンちゃんの心臓の状態に合わせ、適宜治療の追加検討していくオーダーメイド療法が大変重要かと考えます。
最後になりますが、犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療は専門的な知識と経験を必要としますので、心臓(=循環器)の治療が得意な獣医師がいる病院を受診し、治療を相談していくことをお勧めいたします。

参考文献:田中陵, 松本浩毅. 犬の僧帽弁閉鎖不全症. 東京, 株式会社EDUWARD Press, 2023.
竹村直行. イヌの僧帽弁閉鎖不全症 診断・管理の理論と実際 第3版. 東京, 株式会社ファームプレス, 2012.
監修:にじいろアニマルクリニック 院長 獣医師 石塚 洋介

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